富士フイルム一色氏、イトーヨーカ堂富永氏トークセッション|「USERDIVE connect 2018」イベントレポート(中編)
UNCOVER TRUTH が創業5年の節目に開催した「USERDIVE connect」。レポート前編ではマーケティングの「0→1」、ブランドの誕生と成長にマーケティング部がどう関わるべきかをテーマにしたトークセッションの模様をお伝えしました。中編では、イベント第二部の模様をお伝えします。
第二部のテーマは 「マーケティングを推進する組織と人材」 です。大手企業でマーケティングを推進するには、関連部署との調整や、適切な人材の配置・育成が求められます。 富士フイルムでデジタルマーケティングを推進する一色氏と、西友やドミノピザでもCMOを歴任してきたイトーヨーカ堂の富永氏をスピーカーに迎え、マーケティングの「1→10」のプロセスともいえるこのテーマについて語り合いました。 モデレーターは、UNCOVER TRUTHのCCO(チーフ・コンテンツ・オフィサー)の藤原です。
企業の内在論理を尊重した組織づくり
藤原:今日ゲストにお迎えしたお二人は、それぞれ違う立場からマーケティングに携わっていらっしゃいますね。長年所属している大きな組織の中でデジタルマーケティングを推進されてきた一色さんに対して、富永さんは外部からCMOとして参画されています。
マーケティングへの取り組みには営業や店舗も含めて社内からの理解を得る必要があると思いますが、富士フイルムさんではどのようにそこを推進されてきたのでしょうか。
一色:富士フイルムはトラディショナルな会社で、デジタルトランスフォーメーションといっても何するの?という状況からのスタートでした。大きく変わったきっかけは、フィリップ・コトラー教授が2015年のマーケティングイベントで発信した 「Digitize or Die」 というメッセージ。デジタル化しない企業は座して死を待つのみという意味です。第一部のセッションでも 「経営層に言いにくいことは外部の人間に言わせる」 みたいな話がありましたよね。私もコトラー教授のメッセージを借りる形で、上層部に粘り強くデジタル化の重要性を伝え、翌2016年にトップから「デジタル化が重要である」というメッセージが出されました。現在はICTに関わる5つの関連会社と部門のステアリングコミッティとしてICT戦略推進室が設立され、私はその中のデジタルマーケティングを推進するe戦略推進室という部門に所属しています。組織が整えられたことによって、ヒューマンリソースとマネーリソースをだいぶ自由に使えるようになりました。
藤原:なるほど。一方富永さんは、すでにマーケティング組織がある企業に外部から参画することもあれば、参画のミッションとしてゼロから組織を作ることもあるかと思います。
富永: まず前提として、どんな会社も、自分の会社はマーケティングをちゃんとやっていると思い込んでいます。 マーケティング部がなくても、宣伝部みたいなものがあればそこがやっているだろうと。男性に「あなたは車の運転がうまいですか?」と聞いたら、大半が「うまいよ」と答えるのと似たようなもんです(笑)
そういう状況に入り込むには、メンタルモデルを合わせることが大事。CMOという権威をもって新しい会社に行っても、彼らの”マーケ観”を上書きできるわけではありません。 その企業のビジネスプロセスに合った形で組織を作らないと、それぞれのサブチームにどう指示を出していいのかわからなくなってしまいますから。西友に入った時、リテール業界に行けたことが嬉しくていきなりブランドマネジメント部というものを作ってみたりしたんですが、誰も見やしなかった。この反省から、インストアコミュニケーションのチームを作りました。お店を回す人と一緒に仕事をしないと、リテール企業のマーケティングはできないんですよね。何かを変革するときは、既存の内在論理を尊重するのが大切。そうしないと仲良くできないんです。
否定せず、成功体験を作る / マーケティングの原理原則を共有する
藤原:僕もCCC(カルチュア・コンビニエンス・クラブ)にいた時は店舗での仕事がメインでした。言い方は悪いんですが、それぞれの部署で中途半端なマーケティングをしちゃっているケースでは、特にまとめるのが難しくないですか?例えば、宣伝部と販促部とPRとお店、独自でやっていることバラバラだったり。
富永:人間関係やその他の仕事にも通じることだと思うんですが、大切なのは否定しないことでしょうね。基本的にそういうバラバラな取り組みって全部ダメなんだけど、それはおくびにも出さずに「さすがですね」と言う。その上で「もうちょっとここ変えてみましょうよ」というような言い方にする。富永の言う通りにしたらなんか向上したよ、という成功体験をしてもらうことが大事だと思います。
藤原:富士フイルムさんは、箱(組織)は整っているけれど、内情がバラバラなんていうことはないですか?
一色:印刷や医療などポートフォリオが幅広い中で、それぞれの事業部にマーケティングのようなことをしている人はいて、各事業部の論理で動いています。ただ、ユーザの声にきっちり耳を傾けて期待値以上の商品やサービスを提供する、マーケティングの原理原則をきっちり守りましょうという風にはなっています。特に今はデジタルの力で(消費者の動向など)分かることは手に取るように分かる時代なので、その基本的なところはきちんと習得しましょうと。全ての関連会社と関連部門にデジタルオフィサーを置き、グローバルでデジタルマーケティングのセミナーを開催したり、海外法人へメンバーを派遣し、OJTをしたりしています。
代案を絶って役員会議を通した、西友の“KYキャンペーン”
藤原:お二人がそのように組織作りをされてきた結果としての、もう少し具体的な成功事例についてお聞きしてもよいでしょうか。富永さんは先ほど西友の例を挙げていましたね。
富永:西友は長らく西武グループのスーパーとして「ちょっといいものをちょっと安く提供する」ということをやってきて、最終的に米ウォルマートの傘下になりました。傘下に入ったとき、とにかく値段を下げる、チラシをやめるというようなことをしたんですが、お客様にきちんと説明をしなかったので、客足が落ちたうえにスタッフも混乱していたんです。私はそんなタイミングで入り、はじめに 「必要なのは『我々は生まれ変わります』と宣言し、価格認知をすることだ」 と主張しました。その時に出したのがこの広告です(写真)。今でいう”バズる”ような仕掛けですね。
一色:KYって当時はネガティブな意味で使われていましたよね。それをわざと狙って使ったということですか。
富永:その通りです。何よりもお客様をびっくりさせることが大事で、それができれば入り口がネガティブなものであってもいいと思っていました。当時はブランドパーソナリティがめちゃめちゃな状態だったので、とにかく印象付けようと。このキャンペーンで価格認知が上がって食料品の売上は無事回復したんですが、その次に課題となったのが、日用品の売上でした。日用品は、スーパーよりもマツキヨなどのドラッグストアの方が安いというイメージがありますよね。そこに食い込んでいくために作ったのがこの広告です(写真)。
一色:よくマツキヨさんから了解が取れましたね。
富永:いやいや、マツキヨさんからは了解取ってないですよ。でも、違法ではない(笑)。もちろんそのあたりは念入りに検討しました。それにもし僕がマツキヨのCMOだったら「面白いじゃん」と思って、このキャンペーンに被せたコミュニケーションをすると思うんです。そんな展開になったら最高だし、逆に怒って反撃してきたらそれはそれでニュースになるだろうし、と考えていました。本当はもっと絡んで欲しかったけど、残念ながら静観されちゃった(笑)
藤原:かなり大胆な仕掛けだと思うんですが、社内では誰が号令を出したんですか?
富永:一つ目の「KYキャンペーン」は私が入社した直後、会社として緊急の状態でのことだったので、代案も用意せずに「これしかない」と推しました。当時日本では珍しかったレシートの比較広告についても、競合企業から反撃されたらどうするんだと言われましたが、先ほどのマツキヨの話と同じで、反撃してくれた方がいいんですよ!と説得して。 代案を用意しないっていうのは一つの作戦ですね。無難な案があったら絶対そっちに行っちゃいますから。 二つ目の「セイユウヤスシ」の方をやる頃には、私が仕掛ける突飛なコミュニケーションを面白いなと思ってくれる人が社内にも出てきていたので、問題なく通せました。
デジタルの効能を示し、予算はテレビCMからWeb動画へ
藤原:富士フイルムさんでも、テレビCMからWEB動画広告に切り替えたキャンペーンがありましたよね。
一色:タイムリーなので、フジカラーの写真年賀状のPRも兼ねて話をさせてもらっていいですか(笑)。年賀状の需要自体がSNSにシフトしてシュリンクしていく中で、我々は年賀状のTVCMの効果がもはや期待できない事、デジタル施策(WEB動画等)にシフトする事を訴え、会社としてもデジタル施策の重要性は理解していたものの、恒例のTVCMに2年前まで多額の予算を確保していました。また、年々「写真(年賀状)」と「富士フイルム」との関連イメージが希薄になり、オーガニック検索が弱くなってきている事を課題として、若年層の間で拡散されることを目指したバズ動画を内緒で制作し、あまり広告費もかけずに配信しました。 結果的に動画は2週間で20万回ほど視聴され、拡散数も狙い通り。F0層へ向けたクリエイティブだったので売上には直結しないものの、未来への投資になることをデータで示すことができました。デジタル施策であれば、狙った層に、目的を持ったコンテンツを、しっかり届けることができることを証明して見せたのです。 これにより、翌年から広告予算の配分を見直し、30年近く続けてきたTVCMに終止符を打ちました。
デジタルマーケティング人材、その採用の難しさの正体とは
藤原:実際の事例をお聞きすると、やはりマーケティングというのは組織の中の「人」が動いて生み出されるものなんだなということを感じますよね。最後に人材の話をお聞きしたいと思います。マーケティング人材を外部から連れてくるのか、社内で育ててインハウス化するのかというのはそれぞれの企業でやり方があると思うんですが、富士フイルムさんの場合はどうでしょうか。
一色:皆さま同じ課題を抱えていると思うんですが、デジタルマーケティングの人材ってなかなか採れないんですよね。この世界では転職って珍しくないのに、人事部からすると転職の回数や経験をネガティブに捉えるような雰囲気もあって、中途で良い人材をなかなか採れない。弊社は8万人以上の社員がいるので、その中に適正のある社員がいる筈でしょうと・・・。そんなわけで現在は、半期に1回くらい社内でデジタルマーケティングのセミナーを開催しています。 これには2つの目的があって、我々のケーパビリティとポジショニングを社内で明確化すること、そしてもう一つは興味を持って参加した他部門の社員の中から社内リクルーティングすること(笑)。参加者のNPSアンケート結果を元にリタゲし私の部署への異動を希望するようナーチャリングするんです。外部から次々と採用することは難しいので、そのようにして人材の確保を行なっています。
藤原:逆に富永さんは、ご自身が外部から単身乗り込んでいく立場ですが、いかがでしょうか。
富永:与えられた時間によるんですが、できるだけ既存の人材を活用した方が軋轢はないですよね。一口にデジタルマーケティングと言っても、統合マーケティングにデジタルを最適な形で埋め込んでいくことを指す場合と、オンラインセールスを最大化することを指す場合があると思うんですが、前者と後者では役割が違います。 前者に求められるスキルはまさにマーケティングの考え方で、メディアに強いとか、戦略的に考えるとか。それに対して後者は、どちらかというと営業寄りの思考、スキルが求められると思うんです。後者の人材を採用する場合には「マーケティングとは何ぞやということを分かった人材」で、さらに「営業寄り」のジョブディスクリプションをCMOが書くわけですが、そんな人はなかなかいなくて。それがデジタル人材の取りにくさの正体だと思うので、そのあたりを柔軟に考えることが求められるんじゃないでしょうか。
藤原:僕自身も、外部を含めて一つのチームを作る機会が多いんですが、社内のチームだけでは難しいところにうまく外部の知見を取り入れることによって、ラーニングが働いたりもするんですよね。組織の作り方や人材の採り方も様々あるということで、このセッションを締めくくりたいと思います。本日は、真逆ともいえるそれぞれの立ち位置からお話をいただきまして、ありがとうございました。
第一部に続き第二部も、ここではご紹介できない裏話や笑い話がたくさん飛び出すトークセッションとなりました。後編では、USERDIVE connectの第三部の内容をお伝えします。